いい人生を
冬の街を歩くのは気持ちいい。指先が冷たい。陸橋から地下鉄の出口を眺める。暗い色のコートを着た人たちがぱらぱらと吐き出されてくる。
大きな飲み会がつづく。半年ぶりに話す人、一年ぶりの人、お別れする人。
好きな人がいて嫌いな人がいる。気にかかる人がいて忘れたい人がいる。あいさつをする。
フェアウェル。いい旅を、という意味になるらしい。いい旅を。いい人生を。
いつも停滞しているような焦りや、出口が分からない暗い中を手探りで歩いているような気持ちなのに、いつの間にか日々は流れていてあれもこれも変わっている。
あの人もこの人もいなくなった。そしてわたしもいなくなっていく。常に流れている。
おとな
この時間になると、会社に居残っていた人たちが思いも思いにしゃべりはじめる。みんな話したいことや伝えたいことが体のなかに充満しているようで、発散するみたいに話題はあちこちへ移り変わる。
わたし自身も、さいきんは言葉が体のなかに散らばっている感じがある。ただ声に出して喋るのは苦手で、やはり文字に起こしていくほうが性に合っているらしい。
きのう、社内で大きな人事があった。
おとなの世界には理解できないことがたくさんあるなあと思っていたが、それらの出来事はほんとうは大人気ないような誰かの思惑で動いてるなと気づいてきた。
おとなが怖いんじゃなくて、みんな子どもみたいなんだなと思う。年を重ねて、他人を自分の良いように動かしている人間がけっこういる。
■
仕事が終わらない。
引っ越したい。
仕事を辞めたい。
街に馴染む
わたしは買ったばかりのニットをおろしたが、そこらにはTシャツ一枚で歩く人の姿がちらほらあった。もう10月も終わっていく。
不動産屋の担当は20代半ばだろうか。丁寧で親切な対応だった。自分にはこの先もこんな風に仕事をすることはできないだろう。えらいなあとしきりに感心する。わがままな条件にも耳を傾け、きちんと事実を答え、どこまでがこちらの許容範囲であるかをほとんど正確に見極めてくれた。
3つの部屋を選択し、内見した。
2つ目の部屋につくなり、ワン、と犬のなく声があった。古いが、ペットを飼える物件である。
キッチンから先の扉を引くと、いぐさの匂いがした。畳は新しいうす緑色をしている。
ふすまがあり、窓があり、シャッターがある。開け方に戸惑う私を見て、「やりますね」と担当がシャッターを引く。ちいさな庭がある。ここには好きなものを植えていいという。
左手を見ると、隣の部屋との仕切りがあって、やはりなにか育てているようすであった。
11月からこの部屋に住むことを決めた。
電車に乗り、いま暮らしている街へともどる。井の頭公園をくだる階段の上で、木々のあいまからキラキラと強く光るのを見た。橙に近い濃い黄色がなんども瞬くので、花火だろうかと思う。今日はあちこちでハロウィンの仮装を見た。
近づき、階段を踏んでおりていくと、花火でもなくイルミネーションでもない。ただ店の明かりが池の水面に反射しているだけなのだった。

越してきたばかりの頃よそよそしいと思っていた街の景色がいつのまにか親しく思われ、離れるのを惜しいと思う。
きっとどこへ暮らしても同じように自分の街ではないと感じ、時間の経過とともに馴染んでいくのだろう。
多摩川
部屋の照明が切れている。どうせ更新せずに出ていく部屋だから…と思って放っておいているが、日が短くなりそうも言ってられなくなってきた。暗い部屋は気が滅入る。
次に暮らす街を探して、大江戸線の駅を降りた。大江戸線はいつもうるさいから苦手だったのを思い出した。
駅に直結したビルがあり、商店街があり、いくつもの飲食店があり、コンビニがある。子供もお年寄りもたくさんいる。市役所も図書館も駅から近い。
中心を離れると、静かな住宅街で道が広かった。橋の下には黒くほとんど流れない川がある。荒川の支流らしい。
暮らしやすそうだからこの街で探そうと不動産屋をながめるが、気持ちがついていかず先延ばしにし続けていた。
結局、内見を予約したのは前に暮らしていた街の不動産屋である。都心から離れ、交通手段も減り、家賃も上がる。店はそれほど揃わない。
多摩川の支流があって、そこから富士山が見える。
三年ほど前である。仕事を辞めたいと申し出たことがあった。協力会社から来た社員から「パワハラだ」と訴えられ、陰で容姿を罵られていたのを知ったのだった。
上司から一日休めと言われて、ペットボトルを手に多摩川へ行き、ひたすら歩いた。カメラを持ち野鳥を静かに追う男性がいた。金管楽器の練習をする人がいた。いい年齢をした会社員らしい男女が草陰でこそこそとしていた。(夏前だったが、虫は気にならないのだろうか…)木の枝に吊るした、タイヤのブランコがあった。
この先もたぶん、多摩川があればなんとかなる気がする。
関心
連休で鴨川に行ってきたのでその写真を見返していた
■海の写真


■食べ物の写真


おそらく私は食べ物への関心が薄いのだと思う