砂場

これは、ただの砂場です。

春の雨

休みには海を見に行こうとぼんやり思っていたのに、布団から出たのは昼を過ぎていた。

鏡を見るたびに老けていく気がする。髪と肌だ。艶がない。化粧のりがしない。天気予報は雨。部屋のなかを見ると散らかっていてガックリする。どこからも逃げ出したいような気になって、玄関ドアを開けた。

小田急線は寒い。というのは、下北沢のイメージである。地下のホームにいると電車が通るたびに強く風が吹く。藤沢行きが来るまでポケットから手も出せずに待つ。その間が、寒い。長い。

藤沢駅で降り、江ノ電に乗り換える。藤沢に来るのが何回目なのかはもう忘れた。回数を重ねるたびにわくわくする気持ちが薄れていき寂しい。住宅街のあいだを通るときのあの緊張。

湘南海岸公園で降りる。雨は止んでいる。海に向かい歩く。いつも富士山が見える道で、その姿がない。今日は雲の中に隠れてしまっていた。

歩道橋からうすぐらい海を見た。風のせいで波が高い。天候が悪いのに、たくさんのサーファーが黒く浮かんでは沈んでいる。横断歩道をわたるウェットスーツが、ニキビを寒さで赤くした女の子であるのを見て、爽やかな気持ちになる。

くり返す波の音と、鳶の鳴き声で、この海を見に来たなと思う。

午後三時を過ぎているのに、雨だったというのに、江ノ島へ向かう橋にはたくさんの観光客が歩いている。十代の男の子たちが「よーし、いってみるかー!」と気合を入れて島へ向かっていった。

江ノ島のヨットハーバーの近くにカフェがある。初めて行ったのは、SNSで知り合った友人とだった。そのとき楽しかったのを思い出し、再訪する。

店内のテーブルが埋まっていたから、テラスに出たが寒い。風が強く吹いている。

食べ終わったら場所を変えようか、と考えていたら「テーブル席があいたので、よかったら中にどうぞ」と案内された。

しらすピザを食べ、ホットコーヒーを頼んだ。小説を書きたいと思って、やはり書けない。角田光代を読んだ。

この作家を知ったのは、友人が好きだと言うのを聞いたからだった。もう一年ほど連絡をとっていない。彼女とはぎくしゃくしたと思う。どうしてあんな風なすれ違い方をしたのか、未だに分からないでいる。

雷が鳴り、ばらばらと音を立てて雨が降った。日の入りは何時だろうと調べる。18時。17時半に出て、落陽を見に行こうと決める。

雨が止むと、店主らしい男性が店員の女性たちに声をかける。

「なあ、外、すげーんだけど」

男性に合わせ、女性たちがテラスに出る。見ると、傾いた日の光を受けた陸が輝いている。

「虹が出るかもなあ」と言いながら、写真をいくらか撮り、またそれぞれの仕事へ戻っていった。f:id:kimura_i_i_h:20240320232237j:image